Sunday, March 5, 2017

仏教(四諦、八正道)の嘘

以下が、釈迦の教えの代表と言われる四諦(してい)です。
四 諦 ※覚える価値が無いです
一. 苦諦:人生は「苦」であるという真理
二. 集諦:苦の原因は「割愛」にあるという真理
三. 滅諦:その苦を滅した境地が「悟り」であるという真理
四. 道諦:その悟りに到達する方法は「八正道」の実践であるという真理
以上の四つです。そのため「苦集滅道」ということもあります。

これらの内容は回りくどいですが、要約すれば、
この世には色々と苦しみがあるが、欲望を持つからいけないのであって、自分を上手く誤魔化して考えないようにすれば、悩む事は無いのだよ。と言う超自己否定な教え。

で、自分をどうやって誤魔化すかと言うと、「八正道」をやればいいんだそうです。

八正道 ※覚える価値が無いです
※八正道の「正」」とは、「優れている」、「善い」、「人間の生き方として極端に走らない」、「的にかなった」とか、「バランスの取れた」と言うような意味です。
ですから、八正道とは、「正語、正業、正命正念、正定、正精進、正見、正思惟の八つのバランスの取れた修行方法」ということです。
最近では「人間が正しい生き方をするための八つの修行方法」という意味で使用されています。

八正道では、まず、物事の真実の姿を見ること(①正見)が大切です。(仏教ではこれを「智慧」と言います)この智慧を得るためには、正しい精神統一(②正定)が必要です。正しい精神統一をするためには、正しい生活(③正命)が必要です。では正しい生活は何かというと、正しい行いをすること(④正業)、正しい言葉を使うこと(⑤正語)、正しく考えること(⑥正思惟)です。(仏教ではこの身・口、意の三つを三業(さんごう)と言います)、三業を正し、正命を高める努力をし(⑦正精進)、最後に、このことを常に忘れないようにすること(⑧正念)です。

つまり、欲望や願望の否定大前提で、他の見方を一切しない生活を実践し続けろと言う事らしいです。で、それを続けると悩みから開放され、その状態を「悟り」と言って高尚な状態になれるんだそうです。「欲望や願望の否定大前提」に一切の疑問を持たせない状態で「正しい」とか「正しくない」とか馬鹿げてます。
欲望や願望は、生命維持や、向上心の切磋琢磨において非常に意味有る側面があり、それを全否定するなんて聞くに値しない教えと言う事になります。
こんなものインドで受け入れられなくて当然ですよね。
インド人は馬鹿じゃないと言う事です。

 では、仏陀とは何だったのでしょうか?実は、仏陀自身は、高尚な人でした。
何故この世に苦しみがあるのか、仏陀は真実に気がついていました。この世が苦しみで満ち溢れているのは、ユグドラシルが無いからです。人々が神の救いを受けられないからです。神の救いを受けるには、ユグドラシル(善悪を知る木)を生活圏に植え、人々が行動選択を間違えなければ良いのです。

 疫病の菌がいても、たまたま感染源に誰も接触しなければ、人は病気になりません。
気が合わない人間関係も、たまたま話す機会がなければ険悪になりません。
良いまじないや、善悪を知る木は、人々にそのような偶然を選ぶ行動選択を無意識にさせるのです。

これが本当の悟りです。無意識(考えなし)であっても、偶然の行動選択が正しい答えに人を導くので幸せになれるのです。

仏陀はこれらの事を知っており、具体的にユグドラシルとはどの樹木なのか、探す為に旅に出たのでした。その答えは、「ホオノキ」なのですが、ユグドラシルが何かを世間に広めたくない人々によって、その木は、「沙羅双樹」にされてしまいました。

実は、仏陀は途中で殺され、別の替玉が仏陀を名乗って、替玉が嘘の教えを広めています。それが、四諦、八正道だったのです。その証拠に、教えそのものは、ダメダメですし、仏陀の容姿が変です。仏陀は東洋人なのに、黒人に入れ替えられた為、髪型がパンチパーマみたいになってます。仏陀が禁欲的な人でなかったと言う言い伝えも残っています。

 仏陀の教えは、仏陀人気を利用されただけで、実際は民衆統治の為、政治の道具に作り変えられました。民が無欲で、自己否定に熱心であれば支配は楽ですからね。仏教は、民衆と言うより、支配者に大人気で、教えがどんどん改悪され便利に利用され、広められました。このような教えはどうしても必要でした。

 何故なら、仏陀のような人が次から次に出現すると統治が面倒になるからです。
神の恵みの受取り方(=善悪正しい行動選択)は、前世記憶や霊視によって、知る人が時々出現するのですが、その人達はボンヤリとした情報を確実にするべく、参考書を欲しがります。そんな時、支配者たちは間違った参考書を人々に与える必要があるのです。ですから、真実と微妙にズレた嘘の教えが必要になるのです。仏陀ですら、ユグドラシルの樹木名が分からなかったので、他に知る人はいないかと探しに出かけたくらいですから。

最後に、仏教の教えの最もダメな点について書きます。
神(=創造主)は、この世や人を作って、作りっぱなしの放置ではありません。
ちゃんと、人を救う手段を用意し続けています。
それが、良いまじないであり、善悪を知る木であり、問題解決情報の受取り方なのです。

 正しい仏教=良いまじない

仏陀は本来↑こういう事を広めたかったのです。
正しい仏教が広まると、

貧富の差=不公平、身分の差=不条理

はなくなってしまう。支配者たちはそれを恐れた。


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